ダブリン

ダブリンについて

映画「ONCE ダブリンの街角で」の舞台となっているダブリンは、アイルランドの首都です。主人公の男を演じたグレン・ハンサードの出身地でもあり、古い歴史と文化を持つ都市で、観光地としても人気です。

ダブリンはアイルランド共和国の首都で、アイルランド島東部に位置する都市です。アイルランドの政治・経済・交通・文化の中心地であり、アイルランドの全人口の3分の1がダブリン首都圏に集中しているアイルランド国内最大の都市でもあります。また、欧州有数の世界都市でもあり、重要な金融センターの一つになっています。市内にはアイルランド人の権利の拡大に尽力した人々や、イギリスからの独立運動のために命を落とした活動家の名前などが記念日や通りの名前に多く見られるのが特徴です。1921年の独立後に改名されたものが多く、ダニエル・オコンネルに因んだ「オコンネル通り」や、パトリック・ピアースに因んだ「ピアース通り」などが有名です。

地理

アイルランド東部、アイリッシュ海にのぞむレンスター地方の都市です。南部がウィックロー山地の一部になっていますが、地形はほぼ平らです。市内中央に流れるリフィー川によって南北に分けられていて、川にかかる10の橋の中ではオーコンネル橋が有名です。政府官庁や企業のオフィス、文化施設、またグラフトン通りなどの高級ショッピング街や中流階級の住宅地は町の南側に集中していて、北側は庶民の住む下町地域であり、庶民のためのショッピング施設などが立ち並んでいます。また、113kmに及ぶ海岸線が印象的な街で、リフィー川がそそぐダブリン湾を始めとした多くの入江や湾があります。リフィー川に面した港には大型船舶用の埠頭があり、ロイヤル運河とグランド運河の2つの大運河がダブリンとシャノン川をむすんでいます。歴史的建造物の多くは、リフィー川南岸の旧市街にあります。中でもダブリン城は有名で、かつてイギリスのアイルランド総督府がおかれていたことでも知られています。ダブリン城の近くには、アイルランド聖公会のクライストチャーチ大聖堂があります。また、この大聖堂の近くにあるゴシック建築の聖パトリック大聖堂も、やはりアイルランド聖公会に属しているものです。旧市街にはアイルランド銀行や、18世紀建造のカスタム・ハウス、アイルランド高等裁判所のあるフォー・コーツ、国会議事堂としてつかわれているレンスター・ハウスなどがみられます。市内には、政治家で弁論家のバークや作家のゴールドスミスなど著名人の銅像が多くたっています。西の郊外には、動物園や温室、森林公園、大統領官邸がある広大なフェニックス公園が広がっていて、市民や観光客の憩いの場となっています。

気候

北海道よりも遥かに高緯度に位置していますが、メキシコ湾流の影響で冬の平均気温は8℃前後と東京と大差ない気温になっています。氷点下になる日も少ないようです。夏は涼しく、上がっても20℃を少し越えるくらいと大変過ごし易い気候で、25℃を越える日はめったにないそうです。一方で、日によっては夏でも真冬並みに寒い日もあるとのこと。年間降水量は日本よりも少ないのですが、雨の日が多く、とくに冬は雨が多い都市です。

ダブリンの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録  °C(°F) 16.6
(61.9)
15.3
(59.5)
21.3
(70.3)
20.5
(68.9)
23.4
(74.1)
25.1
(77.2)
27.6
(81.7)
28.7
(83.7)
23.9
(75)
21.2
(70.2)
18.0
(64.4)
16.2
(61.2)
28.7
(83.7)
平均最高気温 °C(°F) 7.6
(45.7)
7.5
(45.5)
9.5
(49.1)
11.4
(52.5)
14.2
(57.6)
17.2
(63)
18.9
(66)
18.6
(65.5)
16.6
(61.9)
13.7
(56.7)
9.8
(49.6)
8.4
(47.1)
12.8
(55)
日平均気温 °C(°F) 5.0
(41)
5.0
(41)
6.3
(43.3)
7.9
(46.2)
10.5
(50.9)
13.4
(56.1)
15.1
(59.2)
14.9
(58.8)
13.1
(55.6)
10.6
(51.1)
7.0
(44.6)
5.9
(42.6)
9.6
(49.3)
平均最低気温 °C(°F) 2.5
(36.5)
2.5
(36.5)
3.1
(37.6)
4.4
(39.9)
6.8
(44.2)
9.6
(49.3)
11.4
(52.5)
11.1
(52)
9.6
(49.3)
7.6
(45.7)
4.2
(39.6)
3.4
(38.1)
6.4
(43.5)
最低気温記録  °C(°F) −9.4
(15.1)
−6.2
(20.8)
−6.7
(19.9)
−3.7
(25.3)
−1.0
(30.2)
1.5
(34.7)
4.8
(40.6)
4.1
(39.4)
1.7
(35.1)
−0.6
(30.9)
−3.4
(25.9)
−10.1
(13.8)
−10.1
(13.8)
降水量 mm (inch) 69.4
(2.732)
50.4
(1.984)
53.8
(2.118)
50.7
(1.996)
55.1
(2.169)
56.0
(2.205)
49.9
(1.965)
70.5
(2.776)
66.7
(2.626)
69.7
(2.744)
64.7
(2.547)
75.6
(2.976)
732.7
(28.846)
平均降水日数 18 14 16 14 16 14 13 15 15 16 16 18 185
 % 湿度 86 84 82 79 76 76 78 81 82 85 86 86 82
平均月間 日照時間 56 71 112 156 183 180 167 158 129 96 72 53 1,433

姉妹都市提携

  • リヴァプール(イギリス)
  • サンノゼ(アメリカ合衆国)
  • 松江市(日本)
  • バルセロナ(スペイン)
  • 北京(中国)

ダブリンの歴史

2世紀のアレクサンドリアの地理学者プトレマイオスの文献にエブラナとしるされている地が現在のダブリンといわれています。住民であるケルト人は291年、レンスター軍との戦いで勝利をおさめた人種で、ダブリンのアイルランド語の名称ブラー・クリーは、この勝利のあとにつけられた名称と考えられています。450年ごろにパトリキウスによってキリスト教に改宗し、9世紀半ば頃リフィー川から攻め上がってきたノルマン人ヴァイキングが、ここにあったケルト人の町を破壊して城砦を築き、これをゲール語で「黒い水たまり」を意味する「ドゥヴ・リン(Dubh Linn)」と呼んだのが町の英名の由来とされています。現在のダブリン城の地下にもその当時の遺構がうかがえます。また、この城の裏庭がかつて「黒い水たまり」と呼ばれていた地域であるといわれています。これにつづく3世紀の間、アイルランドの住民はデーン人からたびたびダブリンを奪回しました。1171年、デーン人はイングランドのヘンリー2世にひきいられたアングロ・ノルマン人によって追放されます。ヘンリー2世は翌1172年にダブリンに宮廷をおき、ここをイングランドの都市ブリストルの属領としました。こうしてダブリンはイングランドのアイルランド支配の拠点となりました。しかし、1534年に反乱がおき、アイルランドの愛国者フィッツジェラルドが一時支配することになります。17世紀、イギリスのピューリタン革命の間、ダブリンはクロムウェルの議会派勢力に包囲されました。1798年のアイルランド民族主義組織ユナイテッド・アイリッシュメンの蜂起に際してはダブリン攻略の試みは失敗し、1803、47、67年にも蜂起がくりかえされました。1916年と19~21年のアイルランド蜂起では、ダブリンははげしい戦場となったそうです。歴代のアイルランド王や有力者、またアイルランドを植民地支配したイングランドもダブリン城に行政の拠点を置き、アイルランド独立にいたるまでアイルランドの行政と政治の中心として栄えてきました。現在も、市の中心部のメリオン通りおよびメリオン・スクエア周辺にアイルランド共和国政府の議会や主要官庁が立ち並び、アイルランドの政治・経済・文化の中心としての役割を果たしています。

文化と教育

ダブリンは多くの文学者を生んだ町としても知られています。20世紀を代表する作家、ジェイムズ・ジョイスもそのうちの一人です。町の南の郊外には、彼が一時滞在していた建物が記念館として残っています。この記念館はナポレオンの侵攻に備えて作られた見張り塔だった建物で、チェスの城の駒の形をしています。ジョイスの代表作である「ユリシーズ」では主人公がダブリンの町をさまようストーリーとなっていて、作品に関係する箇所と町のそこここの関連を表示した地図は、ダブリンを訪れた文学ファンの必須アイテムとなっています。また、ダブリン出身の哲学者・バークリ僧正は、聖職者でもあり、アメリカに宣教に赴き、カリフォルニア大学バークリ校にその名前を残しています。市の中心部あるアイルランド・ライターズ・ミュージアムには、こうした文学者や哲学者のほかにも、ノーベル文学賞受賞者のサミュエル・ベケットや聖パトリック大聖堂の首席司祭だったジョナサン・スイフトなど、この地に縁のある人物に関係する品が展示されています。また、パブと音楽の町として観光客も多く、市内各地には無数のパブが立ち並んでいます。市内の各所では路上パフォーマンスを繰り広げるミュージシャンの姿も多く、ダブリン出身のミュージシャンとしてはU2やボブ・ゲルドフ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインなどが有名です。教育面では、旧市街にあるトリニティ・カレッジがその代表といえるでしょう。英語圏の大学の中でもずば抜けた歴史と伝統を誇る大学です。オールド・ライブラリーでは、ケルト美術を代表する作品「ケルズの書」など貴重な収蔵文献を見ることができます。また、作家ジェームズ・ジョイスが学んだユニバーシティ・カレッジ・ダブリンはアイルランド国立大学を構成する大学のひとつで、アイルランド最大の総合大学でもあります。

経済

ダブリンはアイルランドの貿易の拠点でもあります。家畜、農産物、スタウト・ビールなどの各種工業製品がここから輸出されています。かつては大英帝国第二の都市と呼称されるほどに栄えたのですが、独立後アイルランド政府の保守政策と経済不況、またその結果としての人口の流出のために数十年に渡って寂れていきました。しかし、欧州共同体への加入と1990年代に入ってからのIT・製薬・観光・金融産業などによる急激な経済成長により、かつての植民地時代の規模をはるかに超えた成長と人口増加がみられるまでになりました。このため、不動産の高騰や交通渋滞などの人口集中に伴う問題が多々起り、街中のいたるところで街区の再開発が進められました。近年の急激な経済成長のために人口が過去の10年で爆発的にふくらみ、都市圏全体では100万人を超えています。とくに中国・アメリカ・東欧諸国からの移民が増えていて、かつて世界最大の移民輸出国家といわれた都市は様変わりしています。しかし、2008年から経済成長に翳りが見え始め、2009年に入ってからは完全にバブル崩壊の状況になってしまいました。2009年7月の失業率は11.9%にのぼり、同年9月の発表では、2009年4月までの12ヶ月間にアイルランドに入国した移民の数よりも海外へ職を求めて出国した人の数が上回る結果となっています。